「ゼロの焦点」からの立川


『ゼロの焦点』を読んでいたら米軍立川基地が出てきた。

『シン・ゴジラ』で後半の拠点となる立川広域防災基地も置かれているあのあたりは、かつて陸軍立川飛行場やら陸軍航空工廠やらがあった場所で、敗戦でアメリカに接収されて同基地となると、返還までずっと日本の中の異国だった。米兵相手のパンパン(私娼)が清張の作品では重要な位置を占めており、当時の状況をうわっつらではあるが窺い知ることができる。

基地(の土地)が全面返還されたのは1977年(昭和52年)だそうだ。
自分が12才のとき。なので、それから3、4年後の話になる。

都立武蔵高校への進学が決まり、入学に備えた健康診断があった。とあたかも紛れようもない事実のように書いているものの、↑こんな昔の話なので記憶違いかもしれない、それを前提に話を進めさせてもらうが、その健康診断が行われたのが立川基地跡地だった(たぶん)。

立川で降りたのは、それが人生で2回目だったはずだ。
最初はやはり中3のときだったと思う。あるいは中2だったか。日本育英会が立川の南側にあり、そこに面接に出かけて以来のことだ(資格取得のためには学業成績と親の収入が主に参照されるほか、育英会に出向いて集団面接と討論みたいなのもやらされる。大学進学時も同様だった)。ただし今度は北側である。闇市の名残りのような雰囲気のあった南とは違って、当時からけっこう栄えていたような気もするが、地元民でないので記憶の改ざんがあるかもしれない。これまた記憶違いはご容赦願いたい。

ともあれ健康診断だ。
それが指定された場所に行ってみて驚いた。何もないのだ!

俗に言う、東京ドーム●個分ってやつだ。そんなスケールの空地が広がっているのだ。

以前は飛行場の関連施設、あるいは住居区なんかもあったのかもしれない。よく知らないが、そうしたものを撤去してスケルトン状態で返還したということなのだろうか。
そしてそんな広大で、殺風景な土地に、ポツンと廃屋が建っていた。

こんな感じだ。

会場?は2階にあり、歩くとガン、ガンと音が鳴る古い、錆びた外階段を上がって入っていった。その中央に、係員が座る簡易な事務机と身長計が置かれている。実にシュールw

似たようなシチュエーションで検査を受けた人にあまり出会わなかったので、もしかしたら差し替え(当時の都立入試は受験校を一度だけ変えられた)の生徒だけに臨時で行われたものなのかもしれない。

就職したゲーム開発会社の所在地だったり、付き合っていた相手が住んでいたりと、その後もそれなりに縁のあった立川だが、20代の後半にWINSに出かけて以来、降りた記憶がない。今や吉祥寺を上回る、都下では最多乗降客を誇るまでになっているようだが、そのうちふらっと遊びに行ってみようか。むろん、かつての面影などかけらも残っていないだろうが。

[ 2017/08/21 16:15 ] 昔のはなし | TB(0) | CM(0)
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