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来る!


妻が楽しみにしていたので、公開直後にユナイテッドシネマとしまえんにて鑑賞。


来る!

原作は日本ホラー小説大賞の受賞作で、ジャンル小説の新人のデビュー作といった枠にとどまらない、高レベルのエンターテイメント作品――と自分などは思っている。

とはいえ映像化となれば懸念が生じないでもない。ホラー小説に描かれる恐怖は至って主観的なもので、読み手は見えないものをむりやりイメージ化して怖がって=楽しんでいると思うのだが(自分だけ?)、映像というものは恐怖の主体を客観的に――場合によってはより具体的な"何か"として描くもので、それがどう出るかというのは原作好きの身には正直不安という話である。

ホラー小説大賞の選評によると、本作は『ぼぎわん』のタイトルで応募されたようだ。それが受賞作に選ばれ刊行されるにあたり、『ぼぎわんが、来る』に改題された。まあ、これは悪くない。編集者のカンを素直に褒めたいところではある。で、今回、映像化にあたって、さらにタイトルに手が入れら、元題(とあえて造語を使おう)からいよいよ離れた『来る!』になってしまった。

といったことの結果――なのか、それがそもそもの理由なのか、映画の筋から原作のキイワードである"ぼぎわん"がすっかり抜け落ちてしまっている。意図的に落としてしまっている。ここがひとつ、評価の分かれ目ではないかと思う。

"ぼぎわん"改メ、得体の知れない"それ"に狙われる序盤の主人公(原作は3章構成で章が変わるごとに視点も切り替わっていく。映画も明確に切り分けていないが構成上はそれに準拠している)には友人がいて、彼はほぼ最後まで重要な役どころを演じていくのだが、その民俗学の准教授という属性も、原作の魅力でもある"何か"="ぼぎわん"→その"正体"に迫るミステリ要素がスパッと削られたお陰で、ほとんど意味をなさないものになってしまった。

霊能力者姉妹の間に横たわる確執にはやや足りないすれ違いや、それぞれの葛藤が間接的にもあまり描かれなかったのも今回残念に思った点だ。
なんだろう。登場人物はみなキャラが立っていて、しっかり個々の役割を演じているのだが、それが演出上のコマ(物語上の、ではなく)になってしまっているあたり、自分にはどうにも惜しく思われる。『カルラ舞う!』風オカルト活劇を想わせるクライマックスの展開も、そうなってみると徒花の印象が強く、こうしたことどもが前評判(試写)段階で弾けなかった理由なんではないかと思った。

まあ、続編ができたら観るけどねw

本編とは関係ないけど、このところ続けて吉祥寺の古い映画館(オデヲン、プラザ)で鑑賞したので、シネコン(ユナイテッドシネマ)の音響の良さを再認識しました。




[ 2018/12/12 13:45 ] 映画 | TB(0) | CM(0)
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