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「東京発半日徒歩旅行」を読む (1)



当ブログが特定の本や映像作品について取り上げるときは、そこから派生した思い出話や雑談が主になることが多い。というより、狙ってそうしている。
今回も、そんなスタンスで書いていこうと思う。
とりあげられている場所に、なるたけちなんだ話にしたい気持ちもあるが、むしろそこから連想される全然毛色の違う話題が中心になるであろう、なるに違いないということである。
だって、行ったことない場所がほとんどだしw
内容以上に案じられるのが途中で飽きてしまうこと。せめて3回は続けたい。



「東京発半日徒歩旅行」を読む (1)






江戸東京たてもの園

小金井公園というのは、現役OBの別なく、都立武蔵高校に通った多くの者にとって思い出深い場所だ。
1、2年生の夏休み後半から10月の体育祭までの期間。ほぼ毎日のように授業や部活を終えた生徒たちは、友人と、部活の仲間と、彼氏彼女と連れだって小金井公園に集まり、クラス毎に抽選で振り分けられた園内所定のエリアで9時頃まで体育祭の応援の練習をするのがならいとなっていた。僕の在学した当時(80年代前半)でクラスの7割が参加していたので、夏の夜の小金井公園は武蔵高校が占有状態にあったといっていい。
この"応援"については、また稿をあらためて振り返ってみたい。

そんな?小金井公園内にある江戸東京博物館の分館が江戸東京たてもの園だ。

1993年の開館ということだが、1991から1999にかけて至近の武蔵野市境南町に住んでいながら、この間利用したことは1回しかない。横溝正史ファンの集まりに参加したときだけ。
今となってはもったいない気もするが、東京人で東京タワーに上ったことがない、銀座の街を歩いたことがない人はむしろ多いし、まあ、そういうもんだろう。


東半旅01


2回目の利用は高円寺に引っ越してから。結婚後に妻と出かけた。
横溝ファンの集いとは異なり、このときはかなり積極的に施設を見てまわった。本の中でとりあげられている「田園調布の家」や「子宝湯」、「鍵屋」なんかももちろん見逃さず。
子宝湯は『千と千尋の神隠し』に登場する湯屋のモチーフともいわれているが、よりストレートに『ウルトラQ dark fantasy』のロケ地にもなっている。こういう使い方はいいな、と当時思ったものだ。

ところで江戸東京たてもの園ができる前、同地には武蔵野郷土館というのが建っていた。先述のとおり僕は小金井公園から徒歩圏内にある都立武蔵高校の出なのだが、同館は社会科の課外授業で訪ねた記憶もある。そのときの印象をひとことでいうと、地味!
たてもの園へ改築される前の数年間、ロープを引いて閉館状態にあったが、開館している時分とまったく印象が変わらなかったくらいにw

ここで再び小金井公園の思い出。
最初に同地を訪れたのは中学の頃。通っていた三鷹の市立中学の学年行事で、写生会が行われた。1年のときは井の頭公園で、2年が小金井公園。学年が上がるにつれ遠征地が遠くなっていくのは遠足と一緒だね。
ただ、井の頭と違って、学区のある三鷹市南東部から小金井公園までは徒歩はムリ。そこで公共交通機関の利用が奨励された。自転車は停める場所がないので×!
といわれて素直にしたがう者ばかりではない。不心得者はチャリを近所に停めて、写生会の場に赴いた。かくいう僕も。
ところが友人と自転車を置くところを、見回りに出ていた体育教師に見られていたらしい。翌日、応接室に呼び出され、友人とふたりで担任にぶん殴られた。体罰だね。良くないねw

他に、高2のときだったか。夜の公園で、無免許の友人に原チャリを乗らせてやったところ、警官に見つかって生涯唯一の免停を食らったこともある。
まったく、ろくな思い出がないなw

さて、そんな小金井公園内 江戸東京たてもの園だが、継続的に施設は増殖しているようなので、また折りを見て訪問してみたい。
前回は高円寺在住だったので中央線の武蔵小金井で降りたが、今は西武新宿沿線に住んでいるので、「東半徒」(長いので今後は略すw)で紹介している花小金井ルートを使ってみようかな。

(第1回 おしまい)


※本の記述にならって、今回、一人称は「僕」にしました。


[ 2018/12/20 16:25 ] | TB(0) | CM(0)
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