noblesse oblige

ジダンは次の決勝が、フィーゴは3位決定戦が、代表最後の試合となりそうです。
彼らの雄姿をしっかりこの目に焼き付けないと。

そんなWカップも大詰めという折柄、日本でサッカー関係の話題といったら、オシムの代表監督就任のニュースも一瞬にして吹き飛んで、「中田ヒデ引退」一色となってしまいました。

世界的にはトッププレイヤーとは言えないにしろ、ヒデがアジアの枠を飛び越えた才能であることに、日本人もなかなかやるんだぞということを見せつけた日本サッカー史上屈指のプレイヤーであることに異を唱える人はいないはず。また彼が過去10年、日本サッカーの顔であったことに異を唱える人はいないはずです。ぼくも含めて。
と言いつつ、でも、技術的な部分はさておいたとしても、ぼくの中で彼は、いわゆるスーパースターと称される真のトップアスリートではないんですね。

"noblesse oblige(高貴なる義務)" という言葉があります。高貴な生まれの人間、高い地位に就いている人間には、認められる大きな権利(権力)の代償として、同じだけの義務も生じるという考え方です。
これはヨーロッパの貴族社会から出た言葉でしょうけど、アスリートの世界にも間違いなくあると思うんですよね。トップアスリートにのみ科させられた義務。
王貞治はサインを断ったことがない、試合後も最後まで残ってファンにサインをし続けた。というのは、正にこれでしょう。
そうしたトップアスリートの高貴なる義務のひとつに、ファンに向けて言葉を発する、というのもあると思うんです。
イチローがメジャーで活躍しはじめた当初、誰だったか忘れたけどやはりメジャーのスーパースターが(ケン・グリフィーだったかな。もしかしたらメジャーじゃなくてマイケル・ジョーダンだったかも)、メディアに口を開こうとしないイチローに釘を刺すようなコメントを発したことがあります。
トップ選手は自分の言葉でファンに語りかけなければならない、といったふうに。

まったくもって得心のいく考え方です。

ヒデに話を戻しますが、彼がイチローと同様、「(日本の)メディアが勝手に編集したり誤った解釈をすることで、自分の意が正しく伝わらない。だから日本のメディアには一切コメントしない」「サッカー選手はサッカーで(野球選手は野球で)自分を表現すればいい」といったスタンスであることは、多くの人が知るところです。
これって、確かに正しく思われるし、スカッとするスタンスです。でも、それじゃあ決して真のトップアスリートとは言えないというのが、上で"noblesse oblige"を引いた理由です。

ワールドクラスでもトップレベルのイチローに比べると遜色はあるにしろ、ヒデだってそれなりの場所に立っていることは間違いない。だったら、その場所に見合った義務を果たすべきです。
確かにメディアは無神経と思います。でも、だからといってファンに向けて語りかける義務を放棄していい理由にはならない。
そんなこともあって、ぼくはずっと、彼に関心を持てなかったんだと思います。真のトップアスリートと認めたくないんだと思います。

あ、ちなみに中田英寿、あえて言うなら特に好きでも嫌いでもありません。
競技に対するストイックな姿勢、ピッチで見せるあくなき勝利への執念には敬意を表しますし、いちいちの言行に見られるワガママなほどのマイペースさは他人事とは思えない(笑)。でも、純粋にプレイヤーとしてはもっと好きな人が山ほどいるし、上記理由であんまり好ましく感じられないんですね。で、両者を均して±0。

なお、今回のWカップの結果を見て思うことは。
ヒデの不幸は、柄でもないアカレンジャーの役回りを要求されたことでしょうね。
やはり多くの仲間の信頼を集める天性のリーダー小野を中心に据えて、ヒデはアオレンジャー、あるいはコンドルのジョーとして機能させることができてたら、勝ち負けはさておき、もう少し観ている方も納得の結果が出たんじゃないでしょうか。まあ、今さらですけど。

今後に目を向ければ、彼以上のフィジカルやスキルを持ったプレイヤーは、今後いくらでも出てくるでしょうが、同等のメンタル・タフネスを持ったプレイヤーは久しく出ないような気がします。
それだけはとても惜しいですね。

ともあれ、ヒデにはお疲れさまでした。
[ 2006/07/06 14:29 ] スポーツ | TB(0) | CM(0)
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