相撲の話

ちょっとブログ書く余裕がないので、先の日曜に某SNSにアップしたやつをコピペ。

▽これで順当に行くなら、新横綱が誕生する。東西の横綱がモンゴル出身力士であることについて、不満を覚える者たちは少なからずいよう。というか、飲み屋で相撲を見ていて、たとえば千代大海が朝青龍に勝った一番など、日本人がモンゴル人を破ったという視点しかとれない人たちがいる。気持ちは解るが、ちょっと小さかないか?
ぼくもあの一番は喜んだが、それは朝青龍が負けたことによって今場所終盤が盛り上がる、あるいは白鵬の優勝の確率が上がる(横綱が二人になる)、あるいは風格はあっても品のない横綱が、あの敗北を一皮剥けるチャンスに変えるかもしれない、と見たからだ。相撲自体も単純に興奮ものだったしな。

▽もちろんぼくとて、東正位は日本に生まれ育った人に就いてほしいと思っている。でも、それは希望のレベルに過ぎない。

▽外国人力士が活躍すると、大相撲の危機みたいに言う人がいるが、あれってどういうんだろう。大相撲の危機というのは既にあって、それを彼らが救ってくれたとは考えられないんだろうか? 慣れない異国の風習やらに悩まされながら、彼らは日本の国技を盛りあげるために頑張ってくれているんだぞ。

▽元よりぼくは、相撲で外国人枠を設けることには反対の立場だ。たとえばプロ野球で外国人枠を撤廃することは難しかろうと思う。それをやってしまうと、いよいよマイナーリーグ色が強くなって、NPBは興業として成立しなくなる可能性が高い。が、相撲の場合は違う。大相撲というのは日本固有のワンアンドオンリーの興業であり、取り組みの質さえ維持できれば、寧ろ諸外国から様々な力士が集うことにより、ファンの層は広がるはずだ。
ただ、これには問題がないわけでもない。しきたりだ。

▽相撲界のしきたりは、きっと外国人にはピンとこないと思う。が、守ってもらわねば困る。時代に合わせて一定の変化があるのは仕方ないが、根幹となる部分をいじってはならない。だって、神事なんだから。
さて、そこでルールやマナーを守るには、それらを成立させる精神が理解できないと難しい。これを、きちんと教え伝えるシステムを確立しないうちには、外国人に完全開放というわけにはいかないだろう。にしても、今の一部屋一力士制は料簡狭すぎる。

[ 2007/05/29 23:01 ] スポーツ | TB(0) | CM(0)
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