朝青龍引退

朝青龍が引退しましたね。

※過去の相撲がらみのエントリー
大相撲秋場所回顧(2005/9/26)
相撲の話(2007/5/29)
ペナルティ(2007/8/2)

ちょっと前まで大草原を走り回っていた少年が、いきなりやってきた異国で、その国の人間にもハードルが高い国技(モドキ)の世界で最高位にまで登り詰める。才能はもちろんあったにしても、その裏には不断の努力が必要だったに違いありません。
打ち立てた数々の記録もさることながら、彼の取り組みがまた魅力的で、アンチも含めて多くの相撲ファンがときめいたことと思います。

そんな得がたい才能を引退に追い込んだのは誰か。
思うにそれは、協会と高砂親方と取り巻きと、そして盲目的なファンたちではなかったでしょうか。
何度もあったチャンスに目もくれなかった朝青龍が、もちろんいちばん悪い。
でも、ドルジ少年が飛び込んだのは何もかも未知の世界である異文化の中。やはり適切なタイミングで、適切なナビゲートが必要だったはず。
そこで上記の身内といえる人間たちは、自分らに都合の良い道だけを彼に教えたりしなかったでしょうか?

毎日だったか讀賣に、さだやす圭が「登場した頃は播磨灘が出てきたようでワクワクしたが、その後の騒動にはうんざりした」といったニュアンスのコメントを寄せていました。
同じように思った人は多いだろうな。

朝青龍と、妙に打たれ強い高砂親方が大した粘り腰も見せることなく寄り切られたのは、メディアの報じているのとは異なるにしても、実際に引退(解雇)やむなしの状況があったのでしょう。

理事会では、相撲界とは比較的利害関係を持たない外部理事を除くと、九重親方が朝青龍解雇の急先鋒だったとか。
九重、自分の弟子には引き際を教えられなかったのに、他人の弟子には厳しいのね。まあ、そういうものでしょうけど。

[ 2010/02/06 09:44 ] スポーツ | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

月別アーカイブ
フリーエリア